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【プレス掲載】2021年11月30日朝日新聞朝刊

再出発支えたい「ことば」の授業

 高校中退者ら教える塾長 ライブ配信

 

高校中退者らが通う学習塾の塾長が、高卒認定試験をめざす人に向けた「ことば」のライブ授業をYouTubeで始めた。受験科目にはなく、試験の得点にも直結しない独自の授業をあえて配信するのはなぜなのか。(宮崎亮)

 

 塾長は、高校中退者や不登校の生徒が通う「TOB塾」(本校・兵庫県西宮市)の山口真史さん(40)。代表を務める一般社団法人のYouTubeチャンネル「new-lookちゃんねる」で週1回、ライブ授業を配信している。

 高卒認定試験は合格すれば大学などを受験でき、就職や資格試験にも生かせる。文部科学省が毎年8月と11月に実施。ここ数年は1回あたり1万人前後が受け、合格率は4割台だ。

 山口さんは年明けから「国語」「現代社会」「数学」「英語」の科目別授業を配信するが、その前段として、9月末から「ことば」の授業を始めた。1020日のお題は「熟語は意味を暗記するだけじゃもったいない」。ホワイトボードを背にした山口さんが前を見すえて語る。「例えば『水筒』は『液体を入れておく容器』と暗記するんじゃなくて、『水』を入れる『筒』と覚えると、頭に入る確率は高まります」

 「過去/未来」「人工/自然」などの「対義語」を説明した翌週は、「二元論は単純でわかりやすい。でも、『わかりやすさ』の裏でしっかり物事を見ることを忘れるリスクもあります」と強調した。

 例示したのは「債務/債権」。「債務は借金だから悪く、債券は金を返してもらう権利だから良い」と単純に捉えると、将来への投資になる「良い借金」と、浪費のための「悪い借金」があるといった違いが見えなくなる、と説明した。

 授業は20分~30分。塾のYouTubeチャンネルには約2万5千回再生された高卒認定試験の解説動画などもある中で、「ことば」の視聴者数はまだ50人程度だ。山口さんが「誰も見てない」と語るこの授業。一体なぜ始めたのか。

 「高卒認定試験がゴールじゃない。目先の点数の取り方だけではなく『勉強とは何か』『文字から知識を得ることとは何か』を学んでほしい。就活やその先の人生でとても重要です」

 山口さんは2歳で父が亡くなり母子家庭で育った。高等専門学校を4年目で中退し、そこから勉強して大学に進んだ。高校の社会科教諭になったが4年勤めて退職し、2013年にTOB塾を開いた。「家庭環境が大変な教え子にどうしても目が向いた。高校中退者の再出発を支えたかった」

 市街地を「夜回り」して若者の話を聞く活動も続け、夜の飲食店で働く若者に高卒認定試験をすすめ、営業時間前に授業をした。

 塾に預かり保育を導入し、高卒認定試験をめざすシングルマザーを年3人まで無償支援する事業も進めた。

 これをコロナ禍でオンラインに切り替えたことが、今回のライブ授業につながった。「将来について考えすぎて、精神的にしんどくなっている視聴者もいるはず。ライブ授業の動画はYouTube上に残しているので、好きな時に自分のペースで見てほしい」

 

中退・不登校「減っていても」

 

 文科省によると、高校の中退者数は減少傾向だ。20年度は34965人と10年度から2万人以上減り、在籍者数に占める1.6%から1.1%に。不登校の生徒数も20年度は43051人と、10年度から1万人以上減った。

 背景には通信制高校に通う生徒の増加があると見られている。今年5月の速報値では過去最多の218428人が通う。高校生全体の約7%を占めており、不登校の生徒らの「受け皿」となっているとされる。

 だがその一方で不登校の小学生、中学生の数はいずれも20年度まで8年連続で増えている。「統計上、高校生の不登校や中退が減っているからといって、学校でうまくやって行けない子が減っているわけではない」と山口さんは語る。

 現在、TOB塾には17歳~20歳を中心に40人ほどが通う。山口さんが取り組みたいのは、高卒認定試験の対策だけではない。「その先の人生の作戦会議をすること」だ。YouTubeの授業についても「見た人が自分で考え、選択し、人生を歩み始めるきっかけになれば」と話している。ライブ授業などの動画は塾のホームページ(https://www.new-look.jp/)から。

 

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