メディア掲載情報

【雑誌掲載】2023年2月号先端教育

地域×教育イノベーション 兵庫県

学力よりも自己理解からの成長を促す

個別学習塾で新たな人生を後押し、中退者が「自分らしく生きる」契機を

 中等・高等教育のドロップアウトを経験した若者が、自分らしく生きるきっかけづくりを支援する一般社団法人new-look。間もなく設立10周年を迎える今、主な事業の1つである「TOB塾」を中心に、これまでの手応えや成果、今後のビジョンについて、代表理事の山口真史氏に聞いた。

 

学校教育の「枠」に感じた限界

中退はネガティブなことではない

 

 西宮市に拠点を構えるnew-lookは、高校中退に関わる若者たちが、自分らしく生きるきっかけを見つけることを目指し、2013年に設立された一般社団法人だ。山口氏がnew-lookを立ち上げた背景には、自身の経験が深く関わっている。

 奈良工業高専中退を経て関西学院大学に進学。卒業後はいったん人材紹介会社に勤めたが、関西学院大学大学院で教育学修士を取得し、教職の道に転じた。社会科の教員としての教科指導に加え、担任や学年主任などを経験しながら感じたのは、「既存の学校教育では、限定的な枠組みの中でしか生徒を育てられないという思いだった。

 「私が勤務していたのは中高一貫の私立校で、課題を抱える生徒に対し、一般的な公立校よりは穏やかな対応をするほうでした。それでも学校には従わなければならないルールがあり、どうしても退学者を出さざるを得ないこともあった。学年主任を務めていても生徒を守りきれないことに忸怩たる思いでした」。山口氏はそう振り返る。当時は今にも増して、中退者に対する世間の目は冷たく、「中退したら人生が終わる」と思わせるプレッシャーが強かったという。

 「私自身は高専中退にネガティブな思いはありませんでしたし、退学しても行動力や発想力の豊かな若者も多い。通常の『学校』という枠組みの外でできることを見つけるサポートをしたかったんです」。そうした思いを実現するため、2013年にnew-lookを立ち上げた。

 

学力アップよりも自己理解

深い人間関係が自信を育む

 

 主力事業の1つが個別学習塾「TOB塾」だ。その名前は、「Think Outside the Box(型にはまらないで考えよう。常識を打ち破ろう)」から採られたもので、一人ひとりの新しいスタートを応援することをコンセプトとする。

 TOB塾に通うのは、高等学校卒業程度認定(高卒認定)を取得したい人、さらにその後、大学や専門学校への進学を希望している人、通信制高校に通いながら個別のサポートを必要としている人など実にさまざまだ。「塾」である以上、学力アップも目指してはいるが、TOB塾が最も大事にしているのは、自分らしく成長するための自己理解を深めることだ。「中退経験者は自分自身を否定的にとらえていることが多い。だからこそ、前向きな人生観を身に着けてほしい。勉強はその手段の1つに過ぎません」

 そのため講師を務めるスタッフは、単なる教科指導だけでなく、人と人のコミュニケーションを重視して塾生に向き合うことが求められる。

 例えば、授業時間の変更に関する連絡は、通常の学習塾であれば、事務局などを通して行われることが多いが、TOB塾では、塾生と講師の間の連絡も直接行うことにしている。勉強とは関係のない雑談などを含めて、関係性を深めることを狙ってのことだ。

 講師を務めるのは、new-lookの常勤スタッフばかりではない。非常勤スタッフとして現役の大学生が関わるケースも多い。通常の塾や家庭教師のアルバイトとは、かなり違う負担があり、「講師も悩みながら取り組んでもらっていますね」と山口氏も認める。そのため、月に1度は講師だけで語り合う機会を設けるほか。3カ月に1度は山口氏と直接対面する機会を設けるなど、細やかなフォローアップ体制を敷いている。

 

身近になった通信制の課題

各地に自律分散型の学び舎を

 

 サービス提供開始から間もなく10年。これまで200人超がTOB塾を巣立っていった。なかには、TOB塾で高卒認定を取り、私立大学への進学を経て、文系出身ながらエンジニア職で誰もが知る一流企業への就職を果たしたケースもあるという。何をもって「卒塾」とするかは人によってまちまちだが、「まずは前向きに次のステップに進めればいい」と山口氏は言う。

 一方、中退者をめぐる社会環境にも変化が生まれている。特にコロナ禍の影響は大きく、全日制の公立校で授業のオンライン配信が増えたこともあり、通信制高校がより身近な存在になった。「不登校や中退になった生徒には、とりあえず通信制を勧める流れが生まれているようです」と山口氏は分析する。以前と比べれば、「中退=人生の落伍者」というイメージは薄らいだようにも見える。だが、新たな課題も見えてきた。

 「近頃は通学もできることをウリにする通信制高校も多く、本当に通学できない生徒は、結局ついていけなく

なってしまうこともあります」。その結果、全日制からも通信制の枠からもこぼれ落ちてしまった生徒がTOB塾に来るケースが増えているという。

 現在のTOB塾は、西宮本校、奈良校、京都南教室の3カ所だが、専従スタッフは山口氏を含め3名のみという体制では、手を差し伸べられる数にも限界がある。そこで構想しているのが、各地でオルタナティブな教育に取り組む人々とつながり、「一人親方」方式のフランチャイズ校を設けることだ。「あちこちで行き場を失っている生徒たちをサポートするには、既存の3カ所での受け入れ規模の拡大を図るのではなく、自律分散型の小さな学びの場がたくさんあるほうがいい」という考えからだ。

 さらに将来的には、高校中退者ばかりでなく、学び直しをしたい大人も集える場づくりという青写真も描いている。「年齢や属性に関係なく学びを深められる、ゆるやかなサロンのような場をつくりたい。生き方の選択肢を広げるきっかけを求めているのは、若い世代に限らないはず。人生の困難に直面したとき、『こんな生き方もあるのか』という新たな気づきを得られる場にしたいと思っています」




全て見る